ビットコインの制約

　　本セクションの前の記事を読み通された方であれば、以下の重要な点について学ばれたことでしょう。

　　・暗号通貨は正貨のすべての特徴を満たすこと

　　・ビットコインは最初の、そして最も影響力を持つ暗号通貨であったこと

　　・創始者はサトシ・ナカモトであり、その青写真が2008年に公開されたこと

　　・ビットコインがデジタル通貨としての希少性を保つために、どのような仕組みではたらいているか

　　ビットコイン（BTC）の創始者が成し遂げた成果は、インターネットやパソコンの発明と同じくらい重要な出来事です。サトシ・ナカモトが作り出したのは、ただ単に通貨の新たな形式だけではなく、新たな通貨の概念でもありました。

　　ビットコインのホワイトペーパーは独創的なものではありましたが、完全ではありませんでした。

　　この問題は、ビットコインのトリレンマ（三すくみ）として知られています。つまり、暗号通貨の理想である三つの核となる機能をどのように達成するか、という問題です。

　　1．安全性：安全で信頼できる確かな通貨システムを提供できるのか

　　2．スケーラビリティ（拡張可能性）：スピードや利便性への妥協なく、増加するユーザー数に対応できるのか

　　3．非中央集権性：中央の管理がないまま、機能し続けることはできるのか

　　このトリレンマを理解することで、ビットコインが解決できる問題や、一方でビットコインが理想的な解決法とはならない問題について、よりよく理解できるようになるでしょう。

　　このことはさらに、以上の欠点に対応して登場した事業や改革を全体の文脈の中で理解することを可能にします。これらの事業や改革は、以下の3つの異なるグループのうちの一つに分類されます。

　　・ルールを変える

　　・基礎の上に積み上げる

　　・支柱の一つを放棄する／代替物を作る

　　最もよく議論されている脆弱性の一つは次のようなことです。管理する権力機関を持たない、新しい形の希少なデジタル通貨を作り出すためには、低価値で頻度の高い取引には向かないような設計特性をサトシ・ナカモトが優先せざるを得なかったということです。

　　コーヒーショップの事例

　　ビットコインのデザインは、便利な貨幣としての使用を可能にするスケーラビリティ（Ｃ）を犠牲にすることによって、ＡとＢ、つまり安全性と非中央集権性が達成されています。このことの例えとして、一杯のコーヒーを買うことがよく用いられています。

　　過去の記事においては、ビットコインのネットワークがどのように新規の取引を承認するかを学びました。それぞれの承認にはおよそ10分かかり、誤った取引が起こる可能性を最小限にとどめるためにも、6承認を得ることが最適とされています。

　　さて、コンピューター専門の科学者でなくても、一杯のコーヒーを買うのに60分、もしくは10分もかからないことに気付くでしょう。このような状況では、即時的な取引が求められる場合には誰もビットコインは使わないことになります。ビットコインの得意領域を犠牲にする代わりに、まさにその利便性を提供する適切なサービスがすでに存在している場合には、特にそうです。

　　中央集権的な設計によって、ビザ・ネットワークでは一秒に6万5千の取引メッセージを行えるようになっています。それに対して、すでに述べたような制限によって、ビットコインが行えるのは一秒間に7つです。安全性のためにスピードを犠牲にしているのであり、その安全性は承認作業によって達成されます。そしてこのことは非中央集権的なネットワークによる管理というビットコインの原則にとっては根本的なものです。

　　トリレンマに対して提案された解決法は、派閥化や対立だけではなく、暗号通貨のエコシステムの拡張につながっていきました。そしてそれぞれのグループは彼らのアプローチの持つ価値を信じています。

　　唯一の真の判決は、人々がそのシステムを使用するようになるか、別の方法を選ぶのか、という点にかかっています。この開かれた設計に対する初めての本当の挑戦は、「フォーク」と呼ばれる、微妙に異なるルールを持つ新たなビットコインが2017年8月に現れたときに訪れました。

　　1.ルールを変える（フォーク）

　　ビットコインはもともと、既存のルールを気に入らない人がいれば、複製を行って改良版を作れるように、オープンソースとして作成されました。これは「フォーク」と呼ばれています。

　　今日までに105のフォークが存在し、このことは多くの人の目から見てビットコインの設計に欠点があることを強調しています。またこのことは以下のような、いくつかの人間の習性を思い出させるものであると同時に、ビットコインの民主的な性格を明らかに示すものでもあります。

　　常にすべての人を満足させることは不可能である。

　　多くの場合において、革新より欲望が最大の原動力となりやすい。

　　最終的には、そのフォークが自分たちの経済的な利益のみに基づいて行動するマイナーによって支えられているか、という点が重要になります。マイナーは新たなブロックを生成することで生成報酬と手数料を得ていますが、そこに内在するコインを使う人も買う人もいなければ、どちらも価値を持たず、フォークは失敗に終わります。

　　次のレッスンでは、フォークについてより詳細に見ていきます。フォークの成功、失敗について、そしてより広範なエコシステムの総合的な健全性にとってフォークがどのような意味を持つのか、確認していきましょう。

　　2.欠落している機能性を上に積み上げる（セカンドレイヤー）

　　ビットコインについて読んでいく中で、きっと「セカンドレイヤー（レイヤー２）」という単語に出会うことがあるでしょう。レイヤーの考え方では、ビットコインをベースレイヤーとします。そこでは取引は、無限に拡張し続けるチェーンで結び付けられたブロックに記録されます。

　　ベースレイヤーで行われることは、多くの場合「オンチェーン」での処理として言及されます。オンチェーンでの取引は統一ルールの従属下にあり、またビットコインはトリレンマの制約を受けます。

　　しかしながら、ベースレイヤーとやり取りすることができ、かつその制約を受けないセカンドレイヤーを使用することで、コーヒーショップの事例を解決することができます。これは別の記事でご紹介する「ライトニングネットワーク（LN）」の形で行われます。

　　手短に言えば、LNはその数分の一のわずかな費用で、取引にビザのような速さをもたらします。技術は存在するものの、利便性とネットワーク効果が欠けているのです。

　　3.コンセプトの一つを断念する（アルトコイン）

　　これまでに見てきたように、ビットコインのスケーラビリティの問題を解決し、便利な貨幣とするための二つの方法は、ビットコインの設計を修正するか、もしくはその設計の上に新たな機能を積み上げるものでした。三つめの領域の改革は、根本的に異なる設計と妥協要素によってコンセプトを保持するものです。

　　ビットコインの後に登場した最も重要な暗号通貨は、イーサリアムです。デジタル通貨としての使用には一部共通点もありますが、イーサリアムには世界的なコンピューターとしてのより壮大な野望があり、ヴィタリック・ブテリン氏という創始者がはっきりと存在し、また通貨の供給の重要な側面においては透明性がより低くなっているという違いがあります。

　　イーサリアムについては後のレッスンで詳細に確認していきますが、ここで関係してくるのは、その設計やトリレンマへのアプローチに賛同できるかどうかはさておき、イーサリアムのデジタル通貨としての機能が格段に速い取引を可能にすることです。

　　さらに「ワールドコンピューター」というコンセプトが意味しているのは、とても簡単に言えば、イーサリアムでは数式に還元できるようなアプリケーションを任意に追加することができ、それがニューヨークやロンドンのサーバーではなく非中央集権的なネットワークによって支えられているということです。

　　イーサリアムは、ERC20という新規トークンの生成のための単一基準とともに、それをローンチパッドとして活用できた一連の暗号通貨に急速に影響を及ぼしていきました。このことは急速な革新を可能にし、トリレンマに対して別様のアプローチを取る可能性が開かれていきました。

　　イーサリアムの重要な側面の一つは、初期投資を調達したその方法にあります。スイスに拠点を置くチームは、「イニシャル・コイン・オファリング（ICO）」と呼ばれる方法を作り出しました。それは、新規事業のための資金を集める伝統的な方法を簡略化したものでした。ビットコインとメールアドレス、そしてリスクを引き受ける意思を持つ人であれば、誰でも投資することができました。

　　一旦イーサリアムが設立されて稼働を始め、その価格が上昇すると、2017年から2019年にかけてICOの手法により、時にはアイディアでしかないもののために考えられないくらいの資金が集まりました。

　　アイディアの一部は実現することはありませんでしたが、その多くは確立され、ブロックチェーンのトリレンマへの潜在的な解決法や、非中央集権的なネットワークをデジタル通貨以外の領域に応用する革新的な方法を提供しました。

　　トリレンマとビットコインの将来

　　ビットコインの制約について知ると、あなたのお気に入りのヒーローの弱点に気付いてしまったかのような気持ちになるかもしれませんが、これも最初から設計の一部に含まれていました。オンチェーンのビットコインの取引は、高価値で低頻度の支払い、つまりは価値の蓄積としての使用に最も適した方法なのです。

　　私たちは過去のレッスンから、お金が交換手段としても機能する必要があることを学びましたが、その点からトリレンマへの解決法が現れてきます。

　　このような文脈を心に留めながら、それぞれの潜在的な解決法（フォーク、ライトニングネットワーク、イーサリアム）について、そして新たに登場した膨大な数のトークンやサービスとともに、これらがどのように広範な暗号通貨のエコシステムと関わっているかについて、さらに掘り下げていきましょう。